母という名の女 screen ジャック

『或る終焉』『父の秘密』でその才能を知らしめた、ミシェル・フランコ監督新たな衝撃のミステリー!
【終了日:11/16(金)※1週限定上映】

【原題】Las hijas de Abril
【監督】ミシェル・フランコ
【キャスト】エマ・スアレス,アナ・バレリア・ベセリル,エンリケ・アリソン,ホアナ・ラレキ,エルナン・メンドーサ
2017年/メキシコ/103分/彩プロ/DCP

11月10日(土)〜11月16日(金)
11:00〜12:50
  一般 大専 シニア
通常 ¥1,800 ¥1,500 ¥1,100
会員 ¥1,500 ¥1,200 ¥1,100
高校生以下・しょうがい者:¥1,000
前売り券を1,500円にて販売中
販売場所:劇場窓口(公開前日まで)、ネットショップ(11/6(火)まで)

前売り券特典:ポストカード
パンフレットをネットショップで販売中

母性などない。あるのは欲望だけ──
隣にいるのは母ではなく、女という怪物だった・・・。

メキシコのリゾートエリア、バジャルタの海辺に建つ瀟洒な別荘。そこに二人きりで住む姉妹のもとに、長い間疎遠になっていた美しき母が戻ってきた。17歳の妹は同じ歳の少年との間に子供を身ごもっており、突然舞い戻った母は献身的に娘の面倒をみるのだが、娘の出産をきっかけに、自身の影のある深い欲望を忠実に遂行していく…。母にいったい何が起きたのか?彼女はそもそもいったい何者なのか――?闇を覗き込んだ母娘の緊張感あふれる関係にメスを入れ、母、あるいは家族という幻想を吹き飛ばす、『父の秘密』『或る終焉』のミシェル・フランコ監督、衝撃のミステリー『母という名の女』がついに公開となる。
フランコ監督は、陰湿極まりないイジメで自分の娘を傷つけた少年たちに凄惨な復讐をする父親を描いた『父の秘密』(12)で、第65回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門グランプリに輝き、続いて、末期ガンの患者から安楽死幇助を頼まれたティム・ロスの演じる看護師が苦悩する姿を描いた『或る終焉』(15)で、第68回カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞。本作においても第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞、カンヌの申し子と言われる所以である。これまでの作品でも、崩壊に瀕した家族、人間の内に潜む理不尽な暴力性、あるいは生と死という切実なテーマをめぐって、一作ごとに新たな問題提起を行い、国際的な名声を博してきた。本作でも、ふたたび家族という主題をめぐって意想外な視点からスポットを当て、観る者を不穏で不安定な世界へと導いていく。
冒頭、海辺に建つ別荘のキッチンで、見るからに鈍重そうな、そして表情のない肥満体のクララ(ホアナ・ラレキ)が、黙々と朝食を作っている。その、一見、のどかな光景にかぶさるように、女性のセックスの喘ぎ声が聞こえてくる。やがて、奥の部屋から妹のバレリア(アナ・バレリア・ベセリル)が全裸のままで出てくる。バレリアは17歳、同い歳のマテオ(エンリケ・アリソン)との間にできた子供を孕んでいる。バレリアのセクシーだが、まだあどけなさが残る幼い表情、華奢な身体つきと、腹部が異様に膨らんだ臨月の妊婦姿のちぐはぐさが、観る者に微妙な違和感を抱かせる。さらにその後、寝乱れたベッドのシミのあるシーツを変えるため部屋に入り、そのシミを手でまさぐるクララ。このさりげない描写が、エロスから遠ざけられ、性的な渇望を抱えた姉と、セクシーで性的に放縦な妹という、この二人の姉妹の著しい対照を際立たせている。そしておのずとわかる、姉妹間に存在する残酷なヒエラルキーも。
 二人きりで生活する姉妹であったが、姉は離れて暮らす母と連絡を密にし、何らかの理由から妹は母を避けていた。姉は離れて暮らしているにも関わらず、どこか母にコントロールされている。しかしバレリアの臨月が迫ったある日、母親であるアブリル(エマ・スアレス)が突如として別荘に現れる。 アブリルは、バレリアと同じ歳で出産していて、初めこそ献身的に彼女の面倒を見るのだが、やがてバレリアがカレンを出産すると、アブリルはある行動に出る。それは、若き頃の時間を子育てに費やしたがゆえ、その時間を“奪った”娘たちへの復讐のごとき行動だった――。
ペドロ・アルモドバル監督の『ジュリエッタ』できらびやかなヒロインを演じたエマ・スアレスは、本作において、内に秘めた欲望をとめどもなく全開させ、モラルの重力から解放された、理不尽極まりない行動に突っ走る、モンスターのような「母」というキャラクターを演じている。カレンをわが子のように愛玩し、一方でエロティックな姿態をあらわにしてマテオを誘惑し、やがてはマテオと同居し、新婚夫婦のごときライフスタイルを実践するのだ。映画では彼女のバックボーンは語られず、彼女がどこから来たのか、なぜ娘たちと同居していないのか、そしてどのように生活費を調達しているのか、ほとんど語られることはない。優雅にヨガをし、高級マンションと別荘を持ち、クラブで踊り、男たちを欲情させ、なによりも娘たちより美しい母。そして娘たちからも、元夫からも嫌悪されている母。彼女はいったい何者なのか?そもそも、どこからやってきたのか? しかしすべてを手に入れたかに見えた彼女に、崩壊の瞬間が訪れると、それまでの異常な執着心から突如として解き放たれ、興味のなくなった玩具をゴミ箱に捨てるように、別の日常へと姿を消していくのだった――。
日本においても「毒親」という表現が市民権を得、多くの著名人が自分と親との関係をカミングアウトしている。また近年では「家族という病」(幻冬舎新書刊・下重暁子著)が50万部を超えるベストセラーになるなど、家族や親というものへの受け止め方の変化も顕著だ。本作においては、娘の出産と元夫からの拒絶をきっかけに、自我を欲望の世界に放り込み、思いのままに人を操っていく「母」という存在の危うさと怖さを見せつけていく。それはかつて描かれてきた、世間が欲する「母親」像からは遠く離れ、むしろ人間の持つ性を辛辣に見せていく。そもそも「母」とは何だったのか、「母」とは社会が押し付けたモデルでしかなかったのではないかを、ひとりの女と、そのモンスターのような存在に翻弄され、苦しむ人々を通してあきらかにしていく。
ミシェル・フランコはこれまでにも、モラルの重圧に苦しみ、その結果としてモラルを逸脱してしまう普通の人々を定点観測するように、冷徹なまなざしで描いてきた。そしてこの『母という名の女』では、母性という神話をこなごなに打ち砕き、崩壊した家族の無慈悲なまでのありようをむき出しにさせてしまうのである。しかし、ミヒャエル・ハネケ監督のように過剰なまでの露悪的な描写、人物造型によって人間が抱えるダークサイドを暴き、告発するのではなく、フランコ監督はむしろ、彼がもっとも尊敬するルイス・ブニュエルの傑作『皆殺しの天使』のように、人間の不可解さそのものを、あからさまに否定も肯定もせずに、辛辣なアイロニーを込めて描き出すのである。人間こそが最も恐ろしく、さらには、人に姿を変えた怪物は日常に潜んでいる。「母」という不条理な存在に楔を打ち込む、衝撃のミステリーの誕生である。

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